どうしよう……。

  朝からエンドレスと化している思考に深々ととため息をつく。
  まだ朝だというのにもう何度目になるのかすら分からない。
  生徒会風紀委員、枢木スザクは悩んでいた。

  

     猫☆ネコ大騒動

  爽やかな朝の光が差し込む早朝の生徒会室。   しん、と静まり返ったそこには黙々と仕事を片付ける少年が2人。   カリカリという紙面の上をなぞる音とパサリとめくる音が響く音に混ざって   かすかに聞こえるのは片方の少年から発せられるため息の音だった。   くるくるした茶色の髪と常盤の瞳を持つ少年、スザクは何か気にかかることでもあるのか   時たま手を止めると何か言いたげな目線を、向かいに座る少年ルルーシュに   何度となく投げかける。   しかし結局今回も何かを言うわけでもなく、すぐに視線を逸らしてしまった。      「用があるならさっさと言え。」   同じ動作を何回繰り返しただろうか。   突然、不機嫌をにじませた声が耳に届き、スザクは慌てて顔を上げた。   そこにあったのは声と同様、不機嫌な顔のルルーシュ。   「き、気づいてたのっ?」   スザクはルルーシュが気づいていたとは少しも思わなかったらしい。   目を丸くして驚いているスザクに、ルルーシュは呆れた視線を送った。     「さっきから何回もため息ついてただろうが。   そもそもあんなに露骨な視線に気づかないはずがない。」   「え、そんなに露骨だった?」   半分無意識でやっていた当人としては気付かれていたことに若干の気まずさを   覚えてしまう。   少し慌てた様子を見せるスザクにルルーシュは苦笑をこぼした。   「ああ。で?何か俺に言いたいことがあるんだろう?」   さっさと言え、とばかりにこちらをじーっと凝視してくるルルーシュに   スザクは困惑した様子を見せる。   言いづらいことなのか、なかなか言い出さないスザクを   ルルーシュは辛抱強く待ち続ける。   スザクはしばし視線をさまよわせていたが、ようやく腹をくくったのか   ゆっくりと口を開いた。   「ルルーシュは幽霊を信じる?」   「………は?」   全く予想していなかったその問いかけに、ルルーシュは思わず   間抜けな声をあげてしまう。   ぽかん、とした様子のルルーシュにスザクは慌てて言葉を続けた。   「あ、いや言い方が悪かったかな。僕にアーサーの霊が見えるって言ったら    どうする?」   「……最近軍が忙しいのか?悪いことは言わない。今すぐ家に帰って寝ろ。」   「僕はいたって正気だよ!」   「そうか。それならなおのことまずいな。とうとう取り返しのつかない    馬鹿になったか。」   「…ルルーシュ、とりあえず話を聞いてくれないかな。」   全く相手にする気がないらしいルルーシュの様子にスザクはがっくりと   肩を落とした。   ある意味予想通りといったところか。   典型的な理論思考の彼が信じるはずがないと思ったから   言い出しにくかったわけなのだが。   とりあえず話だけでも聞いてくれないかな、と懇願するスザクに   押し切られる形でしぶしぶながらもルルーシュは話を聞くことになった。      スザクの話によるとこうだ。   ミレイ会長に頼まれた大量の仕事を終わらせるため、開門と同時に   学校にきたスザクは荷物だけ教室に置き、誰もいない生徒会室に訪れた。   いざ仕事を始めようとすると机の下の方から何やら物音が聞こえるのに気付く。   その物音を不審に思い、スザクが机の下を覗き込んでみれば   そこには荒い息を吐いてぐったりとしているアーサーの姿があって。   風邪か何かかと思い、慌ててアーサーを抱き上げようすれば   目の前を何かが横切るのを感じた。   不思議に思ったスザクが目で追ってみると、なんとそれは   半透明のアーサーであったとか。   「……ほう、なかなか面白い話だな。」   「ルルーシュ、全然信じてないだろ。」   半眼で薄笑いを浮かべるルルーシュをこれまた半眼で睨み返すスザク。   はぁ、とワザとらしくため息をつくとルルーシュはじろりとスザクを睨んだ。   「当たり前だろう。この世に幽霊なんていてたまるか。    日本にもことわざがあるだろう。『幽霊の正体 枯れ尾花』って。    そんなもの何かの見間違いに決まっている。    そもそも、それならばアーサーはどこにいるというんだ?」    作り話にしてはなかなかだったぞ、と揶揄するように言うルルーシュに    スザクはむきになって言い返す。   「そのままにするわけにもいかないと思ってとりあえず隣の部屋に。    威嚇されまくって大変だったんだよ?!」   「猫の幽霊にまで威嚇されるとは……。    お前は前世で猫に対して何かしたんじゃないのか?」   はっ…と鼻で笑われ、スザクの視線はだんだん険悪になっていく。   さすがに馬鹿にされ続けることに限界が来たのであろう。   机越しに乗り出してきたかと思えばルルーシュの腕をがしっと掴みあげる。   さすがに怒ったか、とルルーシュが目線で問いかければ   スザクは視線をそらすことなく答えてきた。   「じゃあルルーシュ、一緒に見に行こう。」   完璧に目が据わってしまっているスザクを見て、ルルーシュは再び   ため息をついた。   「それでお前の気が済むのなら行ってやる。」   「ありがとう、ルルーシュ!」   笑顔を返すスザクに、どうせ寝ぼけていたせいの見間違いか何かだろうがな、   と心の中で呟いて。   †††   シュン…と軽い音をたて、扉が開かれる。   雑多に物が置かれているそこは生徒会室の物置として使われている部屋だった。   善は急げとばかりに、急かすスザクに押し切られ、ルルーシュは   腕を掴まれたまま無理やり連れてこられた。   扉が開くと、スザクは勝手知ったるとばかりにずんずん奥へと進んでいく。 、   「ルルーシュ、これを見てもまだ僕の言う事、信じられない?」   部屋の奥で立ち止まると、ルルーシュを振り返り強い瞳で問いかけてくるスザク。   どうやらそこにアーサーがいるらしい。   スザクに遮られて見えないそれを見るためにルルーシュは体をずらし、   横から覗き込んだ。   そして   「なんだ、これは…っ?!」   信じられない光景を前にルルーシュは目を見開いた。   「ね、言っただろ?」   隣で得意げな笑みを浮かべるスザクに目をくれる余裕もなく、   ルルーシュは目の前の光景を必死に理解しようと試みた。   目の前にはスザクの言っていた通り、ぐったりとした様子のアーサー。   そしてその上にはスザクを威嚇している半透明のアーサー。   ……半透明。どこからどうみても半透明。   「スザクっ?!これは一体どういうことだっ?!」   「僕が聞きたいよ。僕は第一発見者にすぎないんだからね。」   「俺は絶対に認めないぞ、幽霊が実在するだなんて!」   「ルルーシュ、少し落ち着いて…」   「実はぬいぐるみとかハリボテとかそういうやつなんだろう!?    幻覚までなら許す!」   「何を言いたいんだかよく分からなくなってるよ……」   相変わらずイレギュラーとかそういうのに弱いなぁ、と苦笑い気味のスザクに   ルルーシュはようやく自分がパニック状態にあったことを自覚したらしい。   すまない、と小さく謝り、改めて目の前の光景に向きなおった。   「スザク…お前、何かしたのか?」   「さっきも言ったけど、僕は単なる第一発見者。    逆に僕の方が聞きたいぐらいだよ。」   「一体何なんだ、これは……。なにか仕掛けがあるんじゃないのか?」   ルルーシュはいぶかしげな眼で半透明のアーサーを眺めすかしている。   何かトリックがあるのではないかと疑っているのであろう。      「僕が来たときは特に不審なものとかはなかったよ。    前日と違っていた所は当の本人であるアーサーぐらいだし。」   「……案外ホログラムとかそういったものだったりするんじゃないか?」    誰かが悪戯で仕掛けたという線が一番なりそうだ、とルルーシュは一人うなづく。       とりあえずもっと詳しく調べてみなくては……と呟きながら    おもむろに手を伸ばした、その時だった。    「……ぅわっ!?」    「ルルーシュっ?!」    伸ばしたルルーシュの指先がアーサーに届いたと思った瞬間、    目の前のアーサーが白く光り輝いた。    視界が真っ白に染まるのを感じた次の瞬間、ルルーシュの体がぐらりと傾ぐ。    自身の名を呼ぶスザクの声を遠くに聞きながら、ルルーシュは意識を手放した。    「ル、ルルーシュ…っ!?」    スザクは目の前で突然意識を失ったルルーシュを腕に抱えながら困惑していた。    慌てて支えたスザクのおかげで特に怪我はないようだが    ルルーシュの瞳は閉じたまま動かない。    ざっと調べてみたが倒れる原因となるようなものは見つからず、焦りばかりが募る。    あのアーサーに触れることで何かしらの作用が発生するような仕組みに    なっていたのかもしれない。    しかし今朝動かした時に自分も触ったはずなのに、どうしてルルーシュだけが!?    自分が付いていながら…と舌打ちをしながらルルーシュの体を揺さぶり続けた。    「ルルーシュ……ルルーシュっ!!」    スザクの懸命な呼びかけが聞こえたのか。    心配そうに見つめるスザクの視線の先で、ルルーシュの長いまつげが    ふる、と小さく震える。    ルルーシュとの呼びかけに答えるかのように、ルルーシュはゆっくりとまぶたを開いた。    「ルルーシュ、大丈夫っ?急に倒れるからビックリしたよ。」    ルルーシュが無事に目を覚ましたことにホッと胸をなでおろし、    スザクはルルーシュをきつく抱きしめる。    しかし当の本人はスザクの言葉に何らかの反応を示すことなく、焦点が合わない瞳で    ぼんやりし続けたまま。    「ルルーシュ……?」    流石のスザクもルルーシュの様子のおかしさに気付く。    反応のなさに訝しげに顔をゆがめ、スザクは慌てて抱き離した顔を覗きこんだ。    「……っ?!」    と、今までの反応のなさがウソだったようにルルーシュは突然かっと目を見開く。    何事かと身構える前にルルーシュは「シャーッ」という謎の雄たけびと共に    スザクの頬を引っ掻いた。    その想像もしなかった行動にスザクはただ呆然と固まるばかり。    その間にルルーシュはスザクから素早く距離をとり、先ほどと    同じような声を上げながら威嚇している。    その姿は妙な既視感をもってスザクの元へと届いた。    スザクはとてつもなく嫌な予感に数秒視線を宙にさまよわせる。    (どうしよう……ものすっごく嫌な予感がする。     すごく現実逃避したいことが起きたような…。     でもこの既視感が僕の推理をこれ以上ないくらい裏付けしてくれてるし…)     しばらく遠い目で虚空を眺めていたスザクだったが、ようやく腹をくくったのか     恐る恐るルルーシュへと問いかけた。    「もしかして…アーサー…?」    「にゃあ」    スザクの微かな希望を込めた問い掛けは見事に裏切られることとなった。    まさか、と思いながらの問いかけに返ってきたのは、    まぎれもないルルーシュの声でありながら、猫の鳴き声での肯定の言葉。        (―――冗談だろぉぉぉぉぉぉぉっっ!!??)    手で前髪の辺りをくしくしと擦る姿を横目に、スザクは無言のまま    パタリと倒れ伏した。  

   過去の発掘作品。ロマンスに幽霊騒動が出ていたのに触発されて…(笑)    プラウザバックでお戻りください。