一目惚れってこういう事を言うんだろうなって。 目を奪われ心も奪われ、僕は一瞬で恋に落ちたんだ。Secret prism 2
運命の3日後。僕はオレンジ公園の噴水前で所在無げにうろついていた。 指定日時までの3日3晩延々と悩み続けた僕は、結局好奇心に負けてしまったのだ。 1部の人間しか見られないというゼロの素顔ってどんな感じなのだろう、という好奇心に。 本物が出るとは限らないし、もし本物だったとしても初対面の相手に ゼロがそう簡単に姿を見せるとは思えない。 だから可能性としては本当に微々たるものだけれどその可能性に 賭けてみたくなってしまったのだ。 調べてみれば調べるだけ出てくる、ゼロの人間とは思えないほどの離れ業の数々。 ――この時、すでに僕は見たこともないゼロという存在に夢中になっていたのかもしれない。 ††† そして、約束の時間は訪れた。 2本の針が同時に頂点を指し、正午を告げるベルが鳴り響く。 いつ現れるかとあたりを見回していた僕は見知らぬ人物に目を留め、動きを止めた。 明らかに僕に向かって歩いてきた彼女は、僕の前に立つと上から下までじろじろと眺めてくる。 まるで品定めをするかのように。 …実際そうなんだろうけど。 「えと…」 「あんたが枢木スザク?」 状況に困った僕が声をかけようとすると、ようやく目の前の赤髪の女性が話しかけてきた。 その、すごく嫌そうな声に意識せず居住まいを正してしまう。 「あ、はい。えと貴方がゼロ…ですか?」 おそるおそる問いかける僕に彼女はますます不機嫌そうな表情になった。 「違うわよ。私は紅月カレン。ゼロの右腕よ。ゼロに頼まれてあなたを迎えにきたの。」 それにしても、とカレンは半眼で続ける。 「ゼロに『体力馬鹿』って聞いてたからどんだけ強そうな人かと思ってたら とんだガセネタじゃない。 こんな弱っちそうで頼りなさそうなやつだとは思わなかったわ。」 「…君、初対面相手に随分と辛口だね。」 「正直に言ってるだけでしょ。 私達のゼロを任せる相手だもの、しっかりした人じゃないと心配じゃない。」 「うっ…それはその……ごめんなさい。」 反論を試みようとするもピシャリと言い返され、言葉に詰まる僕。 なんとなく自分が悪いようないたたまれの無さを感じてしまう。 そんなに頼りなさそうな顔してるかなぁ…。 「まぁいいわ。貴方を選ぶかどうかはゼロが決めることだし。 さ、ゼロが待ってるわ。行くわよ。」 「え、どこに…」 「私達の隠れ家よ。ここから歩いて5分位の所に支部があるの。 ほら、早くしないとゼロが待ちくたびれちゃう!」 こんなそばにゼロの支部があったという事実に驚く暇もなく。 早く早くとカレンに急かされ、僕は心の準備もままらないうちに ゼロと対面することになったのだった。 ††† 歩いてきっかり5分のところにそのビルは建っていた。 隠れ家っていうくらいだからなんかこう… 古い、人目に付かなそうなビルかな、と思っていたのだが。 「あの…本当にここなの?」 呆然と見上げる僕の前には何十階建てか分からないほどの巨大高層ビルの姿。 太陽の光を浴びてキラキラと光り輝いていて、そこだけ別世界のようだ。 「そうだけど?ほらさっさと入らないと閉め出されるわよ。」 ぽかんと口を開けている僕を気にすることなく、 カレンはテキパキと入り口の電子ロックを解除し始める。 そのままさっさと中に入るカレンに、僕は慌てて閉じかけた扉の隙間に体を滑り込ませた。 中は中で外見に相応しい高級感溢れる作りになっていた。 磨き上げられた大理石の床に、品よく整えられた調度品の数々。 見てるだけで途方もない気後れと場違いさを覚えてしまう。 対するカレンは慣れたもので颯爽とエントランスを横切りエレベーター待ちをしている。 僕は小走りで彼女に近付くと小声で話しかけた。 「あのさ、ここが隠れ家なんだよね?この中の1フロアを借りてるの?」 「はぁ?ゼロはそんなケチくさいことしないわよ。このビル丸ごとゼロのよ。」 「ま、丸ごとって…これ、本部とか?」 「だからさっき言ったでしょ、これは活動拠点としての支部ビルの1つだって。 本部は別にあるわよ。」 次々と明かされる驚愕の事実に僕の顔は次第に血の気を失っていく。 前々からすごい人だとは思っていたけど、まさかここまでとは…っ。 一般市民にすぎない僕とは住む世界が違いすぎる! そんな人とこれから会うだなんて… 「すみません、持病のお腹の腹痛が」 「どこに行くつもり、枢木スザク?」 僕が逃げ出そうとするより一瞬早く。 カレンに襟元を掴まれ、そのまま問答無用とばかりにエレベーターへと放り込まれた。 僕の逃亡作戦は失敗。残された道はただ一つ。 ……つまり、僕は腹をくくるしかないというわけだ。 こうなったら本物のゼロの顔を拝むまで帰るもんか、と半ば自棄気味に覚悟を決める。 決意新たに前を見据える僕に、最上階に着いたことを知らせるチャイムが聞こえた。 ††† カレンに従って長い廊下を歩いていく。 複雑に入り組んだ通路を超えた先にあったのは、重厚な樫細工の扉。 この先にゼロがいるんだ、と思うと期待と不安で心拍数が早くなる。 先程決めたはずの覚悟が早くも揺らぎそうになるのを必死にこらえ、僕はカレンを伺った。 カレンはちらりとこちらを見やるとゆっくりと扉を叩いた。 「ゼロ、私です。枢木スザクをお連れいたしました。」 「…カレンか。入れ。」 低めの、多分男の人の声。 その声に促されカレンは扉を開け、僕と共に部屋へと入った。 まず目に飛び込んできたのは真っ青な大空。 真っ正面前に壁一面を使った大きな窓があり、日の光が燦々と射し込んでいる。 その窓の前にゼロは座っていた。 逆光のせいでよく分からないがこちらに背を向けているようだ。 やたらと頭部の影が丸いように見えるのにちらりと疑問がよぎった。 僕はゼロの言葉を待ちながら、眩しさに目を細めつつそっと辺りの気配を窺う。 どうやらこの部屋にいるのは僕らだけのようだ。 部屋の中は下のエントランスフロア同様、高級感溢れる調度品が品よく並べられている。 ゼロってセンスがいいのかな、と何とはなしに思った。 僕が辺りをちらちら見ているのに気付いたのか。 ゼロはリモコン操作でブラインドを下ろし、ゆっくりとこちらを向いた。 その途端、僕は驚愕に目を見張ることとなる。 なぜなら、 ――ゼロの顔はフルフェイスの真っ黒なヘルメットで覆われていたのだから。 「…え?」 「初めまして、枢木スザク。私が情報組織ガウェインのリーダー、ゼロだ。」 「あ、始めまして。枢木スザクです。あの、大変失礼ですがそのヘルメット…」 「ここに来てくれたということはこの契約は成立した、ということでいいのかな?」 お互い自己紹介しながらも、予想よりも年若い印象の声色に僕は軽く驚く。 いや、それよりもヘルメットが気になって仕方ない。 思い切ってゼロに問おうとするも触れられたくないのかスルーされてしまう。 「枢木?」 「あ、はい。よろしくお願いします。それで、すみませんがそのヘルメット」 「では今回の仕事の詳細についてだが…」 気を紛らわそうとしてもどうしても視線がヘルメットへと行ってしまい、全然集中できない。 これでは会話に支障をきたすと思い、再度問い掛けるが綺麗にかわされてしまう。 あくまでもヘルメットから話題を遠ざけようとするゼロに、僕は次第に苛立ちを覚えた。 自棄になったせいか、僕の中の何かが切れてしまったのかもしれない。 「すみません、一ついいですか?」 「何だ?」 「あなたは僕にものを頼む立場ですよね。 だったら顔を見せないっていうのは失礼じゃないですか?」 「ちょ、ちょっとあんた何言って…っ」 慌てて止めに入ろうとするカレンを目で制し、スザクは言葉を続けた。 「人にものを頼む時は相手の目を見るのが礼儀だと思います。違いますか?」 一息にまくし立て、言うことは言ったとばかりに僕はゼロを見据えた。 一度出た言葉は戻らない。もう後には引けない。 つまり最悪、激怒したゼロに何をされようと文句は言えないというわけだ。 それまでの運命だったと諦めるしかないだろう。 ゼロがどのような反応を返すのか、じっと見守っていると彼は次第に肩を震わせ始めた。 ここまでか、と固く目を瞑った僕の耳に飛び込んできたのは叱責ではなく軽やかな、笑い声。 え、と驚きに慌てて目を開ければ大笑いしているゼロの姿があって。 ぽかんとしている僕にゼロはクツクツと噛み殺し切れない笑いを零しながら、面白げに告げた。 「本当に面白い男だな、枢木スザク。 初対面であるにも関わらずそこまで真っ正面から外せと言ってきたのはお前が初めてだよ。」 笑い続けるゼロに、僕が持っていた彼のイメージが崩れ去って行くのを感じる。 今の彼からは僕の抱いていた、“冷酷非情で完璧”といった 人間らしくない様子は微塵も感じられなかった。 「いいだろう、見せてやるよ。」 「「ゼロ!?」」 ギョッとする僕とカレンが面白かったのか再び噴き出すゼロ。 笑いを含んだ声でさらりと告げられて、驚きに叫んだ彼の名が見事にハモる。 「ゼロ!初対面の、しかも仲間でもない相手に素顔をそんなに簡単に…」 「これから一緒に外で仕事をするんだ、いつまでもこの姿でいるわけにはいかないだろう?」 「ですが…」 不安を隠しきれない様子のカレンに、ゼロはそっと苦笑する。 「心配しなくても大丈夫だ、カレン。ただし、一つだけ約束してもらおうか、枢木。」 宥めるようにカレンに優しく告げ、彼は僕の方へと向き直った。 「は、はい!なんですか?」 「俺の顔について他言は一切無用だ。喋った時にお前の未来も潰えると思え。」 「それは承知の上です。」 「そうか。ではお前の言葉を信用しよう。心の準備はできたか?」 どこか悪戯っぽく告げる彼の言葉に慌てる僕が、心の準備などできてるはずがなく。 凄まじい勢いで心拍数が上がっているのを感じながら僕は呆然と固まったままだった。 まさかこんなに簡単に物事が進むだなんて、夢にも思わなかったから。 「おい枢木、いつまで固まっているんだ?」 「え、あ…」 「見るのか、見ないのかはっきりしろ。」 「み、見ます、見たいですっ!!でも、あの…本当にいいんですか?」 「なんだ、見たいんじゃないのか?」 「いや、見たいのは山々なんですが、その… どうしてもヘルメットを外せない理由があるならば、その…強要はできないなって」 「…例えば?」 「顔に傷があるとか家の掟とか、宗教的問題とか…」 さっきまでの威勢の良さはどこへいったことやら。 上目遣いでぼそぼそと話すスザクにゼロは思いっきり吹き出した。 ――顔の傷というのは分からなくもないが、 ヘルメットを常にかぶり続けていないといけない家訓や宗教、なんてあってたまるものか。 「なるほど、な。面白い考え方をする。だが安心しろ、枢木。 私がヘルメットをしているのはもっと個人的で簡単な理由からだ。」 今日は笑ってばかりだな、と可笑しそうに言いながら、ゼロは後頭部に手を回す。 後ろにあるらしいロックが外れる音が聞こえた。 「簡単な理由…?」 「指導者ゼロの立場でこの顔をさらしていると威厳がないんでな。」 そういうとゼロはおもむろにヘルメットを外した。 ゴクリ、と。唾を呑みこむ音がやたらと大きく響いた。 そして。 「うわ、ぁ…」 僕は何を言うでもなく、唯々目を見開いていた。 ヘルメットからさらりと流れだす艶やかな黒絹の髪。 髪とのコントラストが美しい、大理石を思わせる滑らかで透き通るような白い肌。 そしてどんな宝石よりも綺麗で、何者にも侵されない強い光を宿しているアメジストの瞳。 あぁ、この美しい人のためなら自分が持つ全てをなげうっても構わない、と。 視線も思考も心までも絡め取られて真っ白になった思考の中、 ただ一つ残ったのは、そんな想いだけだった。
やっと終わったぁ!!…第2話が、ですが。 な、長かった〜orz 比較的短め肌な私にしては長かったと思います…。 下手したら普段の倍くらい…じゃないかなぁ(遠い目 最初の文章と合わせようとしたらなんかなかなか切れなくずるずる、とorz 長編を書かれる方々を本当に尊敬します…(爆死 というかこれでようやく出会ったのか…早く仕事させなきゃ。 ルルーシュに「枢木」って呼ばせたかったんですv 上司と部下で下剋上萌っvvv プラウザバックでお戻りください。