「わぁ、雪だ!」 夕方とはいえ、もう夜の帳が顔をのぞかせている冬の寒空の下、 ひらひらと舞い落ちる雪を捉えたスザクの楽しげな声が響きわたった。 「ルルーシュ、雪だよ!」 学校を出るなり嬉しそうなスザクは傍らの人物と対象的な反応を示す。 ルルーシュは空を見上げて顔をしかめ、体をぶるりと震わせた。 「朝から寒いとは思っていたがまさか積もるとはな。」 「去年は降らなかったしね。なんか久々な感じがするよ。」 ウキウキ気分を隠しきれてないスザクの様子はまるで雪に喜ぶ犬のようで。 スザクの頭に見えない耳を見てしまったルルーシュは堪えきれず吹き出した。 「ほんっとにお前は雪好きだな。雪が降ったら辺りを走り回り出しかねないんじゃないか?」 「ルルーシュこそ、雪が降っても昔みたいに家にこもりっぱなしになるんじゃない?」 お互いの言葉にしばし2人は睨みあうが、その状態がそんなに続くはずがなく。 すぐに噴き出し、クスクス笑いあった。 「お前は本当に昔から変わらないな。」 「君こそ。お互い様だろ?」 笑いあう2人に蘇るは…… 「7年前もクリスマス頃に雪が降ったな…。」 「うん…懐かしいね。」 ―――7年前の大切な記憶。* * *Snow white dream* * *
もう2、3日もすればクリスマスというある冬の日、ナナリーは風邪をひいて寝込んでいた。 急激な寒さが悪かったらしく昨夜から熱を出している。 「ナナリー、大丈夫かい?」 ルルーシュは1人、徹夜でナナリーの看病をしていた。 今は微熱まで下がったものの心配はつきない。 そんな中、スザクが訪ねてきたのはお昼をいくばくか過ぎた頃だった。 「ルルーシュ、ナナリー!雪が綺麗だぞ。遊ぼうぜ!」 扉を開けるやいなや大声で呼ぶスザクにルルーシュは飛び上がり慌てて口を塞ぐ。 「馬鹿か君は!ナナリーが風邪をひいてるんだ!大声を出すな!」 いきなりで驚いたもののスザクは一目で状況を理解したらしい。 冷や汗を垂らしながら口を覆ってるルルーシュの手を外し、とりあえず謝る。 ルルーシュを怒らせると後が怖い。 「ごめんルルーシュ。俺が悪かった。ナナリーが風邪ひいてるって知らなくって…。」 本当にごめん、と平謝りのスザクにルルーシュは大きく溜め息をついた。 「はぁ…君は馬鹿か?!いつも言ってるだろう! 入る前にまずノック!入る時は静かに!入ったらドアはきちんとしめる!」 自覚はないのだろうが半ば怒鳴り声となっているルルーシュに今度はスザクが慌てる番だった。 「わ、ルルーシュ、声デカいって!」 口を塞がれたことで自分のした事に気づいたルルーシュは慌ててナナリーへと目を向ける。 と、視線の先にいたナナリーはなぜか肩を震わせていて。 何かあったのだろうか、と焦る2人の前でナナリーは抑えきれなくなったらしく、 クスクス笑い出した。 「ふふふっ…スザクさんとお兄様って本当に仲がいいんですね。」 「「だ、誰がこんなやつとっ!」」 綺麗にハモった2人の声にナナリーの笑い声がさらに大きくなる。 どこかばつの悪そうな顔をしたスザクはルルーシュに許可を得るとベッド際により、 そっとナナリーの手を握った。 「ごめんなナナリー。俺、風邪引いてたこと全然知らなくって……。風邪は大丈夫か?」 「はい。お兄様がつきっきりで看病してくださいましたから。」 「ナナリーはまだ微熱状態なんだ、あまり無理はさせないでくれ。」 横からの小姑顔負けの言葉にに一瞬つまったものの、スザクはナナリーに再び笑顔を向けた。 「外に雪が積もったんだ。元気になったら遊ぼうな。」 「まぁ、それは楽しみです。」 ナナリーは雪を思い描いているのか、楽しそうな微笑みを浮かべる。 それを見ていたスザクは何を思ったのか「ちょっと待ってろ」と言って外に走り出ていった。 後に残されたのは怪訝な顔をしたルルーシュとナナリー。 「……どうしたんでしょうか?」 「……さぁ?」 首を傾げるナナリーの隣で、相変わらず行動が読めないやつだ、とルルーシュは こめかみを押さえながら深々とため息をついた。 ††† しばらくして戻ってきたスザクはなぜか手を真っ赤にしていた。 その彼の手に乗っているのは… 「スザク、君…」 驚いて何か言いかけたルルーシュに何も言わないよう指で合図をすると スザクはナナリーにそっと近付く。 不思議そうな顔をするナナリーに一言、「冷たいよ」とだけ告げ、 ナナリーの手に小さなそれをそっと乗せた。 「冷たい…それにこの形…。スザクさん、これ…雪だるま、ですか?」 「うん、雪だるま。綺麗な雪で作ろうとしたら思ったより小さくなっちゃったけど。 ナナリーに雪を触らせてあげたくってさ。」 へへっ、と照れ臭そうに笑うスザクにナナリーは満面の笑みを浮かべた。 「スザクさん、ありがとうございます!」 「風邪が治ったら外でもっと大きな雪だるまを作ろうな。」 「はい!」 どういう雪だるまを作るか、笑いあいながら話す二人にルルーシュは心が温かくなる。 ナナリーが風邪をひいたということでささくれ立っていた心が次第に落ち着くのを感じる。 知らず知らずのうちに張りつめていたらしい息を吐き出し、ルルーシュはそっと笑顔を浮かべた。 破天荒で俺様で乱暴者だけど、それ以上に優しくて温かい。 優しい光を放つ二人を眺めながら、ルルーシュはこの二人がいつまでも幸せでいられる世界を 願わずにはいられなかった。 結局、小さな雪だるまが消えるまで起きていたナナリーをようやく寝付かせ、 ルルーシュはほっと息をはく。 イレギュラーではあったが、スザクのおかげで大分元気になったように見えた。 ナナリーを起こさないように、と隣の小部屋に移動し、ルルーシュはようやく口を開いた。 「たまには君もいいことをするんだな。」 「たまにはぁ?いつも、の間違いだろ?」 不機嫌そうに言い返すスザクにルルーシュは無言でハンドクリームを差し出す。 「ん?何だよ、これ?」 「見て分からないのか?これだから馬鹿は…。」 「…っうるさい!あいっかわらず口の減らないへなちょこ皇子だな!」 あまりの言い様に怒るスザクを気にすることなく、ルルーシュは無言で手を取る。 と、ルルーシュは憮然とした表情のままクリームを塗りたくり始めた。 「ルルーシュ?」 「…このままにしておいたらあかぎれでも何でもできてしまうだろう。 それじゃあ僕の寝覚めが悪いからな。」 口は悪いもののルルーシュなりに不器用ながらも感謝を伝えようとしているのだ ということをなんとなく感じとり、スザクは自分の口端が緩むのを感じた。 「ルルーシュ…お前って頭はいいくせに馬鹿だよなぁ。」 「君だけには言われたくない!」 静かに雪の降る中、スザクの笑い声とルルーシュの怒鳴り声だけが確かな友情の証だった。 * * * 「あれからもう7年…か。」 「あの頃のルルーシュはツンツンしちゃってて可愛かったなぁ。」 「誰がっ!」 「もちろん今の方がもっと可愛いけど。」 「そういう問題じゃない!」 頬に軽く口付けながらそう囁けば、ルルーシュは真っ赤になった頬を押さえながら喚きだす。 当時の俺の行動にはきちんと理由があって…と良く分からない論理を 展開し始めたルルーシュを尻目にスザクは突然座り込んだかと思うと、何かを作り出した。 「よって先ほどの意見は……スザク?」 「はい、ルルーシュ。」 スザクの行動に気付き、怪訝そうな表情を浮かべる彼に差し出されたのは、 あの日と同じ小さな雪だるま。 ルルーシュは一瞬目を見張り、花が綻ぶような笑みを浮かべた。 「覚えて…いたのか。」 「僕はそんなに忘れっぽくないよ。僕達の、大切な思い出だろ。」 照れくさそうに鼻をかくスザクとその手に乗っている雪だるま。 幼き頃の思い出が再び蘇るかのような感覚に、ルルーシュはそっと目を閉じる。 瞼の裏に浮かぶのは、辛かったが明るくてとても楽しい光を放つ思い出の数々。 しばし感傷に浸っていたルルーシュだったが、スザクの小さなくしゃみに慌てて目を開けた。 すまない、と謝りながらスザクの顔に目を向けたルルーシュは、鼻をこするスザクの手に 目をやった途端、眦をきりきりと釣り上げる。 「お前、また手袋をしていないじゃないか…っ!ほら見ろ!手が真っ赤じゃないか!」 「え、軍で鍛えてるから平気だよ。ただ手が赤くなりやすいだけで。」 スザクの手を握り、ふるふると怒りに震えるルルーシュに睨まれスザクはたじろいだ。 雪だるまは即座に取り上げられ、ルルーシュの手によって柔らかな雪の上に鎮座している。 お前は学習能力が無いのか、と思いのほか強く叱られてスザクは首をすくめる他はない。 (昔の思い出に浸っていた分、同じことをしていることに怒りが倍増したのかも…) 怒られたいわけではないがルルーシュが心配してくれていることは嬉しいから とりあえず好きにさせておこうという結論に落ち着く。 怒っているルルーシュの顔も可愛いし。 「おい、聞いているのかっ!」 「うん、可愛いよ」 「聞いてないじゃないかっ!!」 噛み合っていない会話にルルーシュはスザクの頭をぺしんと叩く。 酷いよ〜と言うスザクを無視し、彼の赤い手をまるで親の仇のように睨みつけていたが おもむろに手を離すと、くるりと背を向けて歩き出した。 「ちょ、ルルーシュ!ごめんって!」 そこまで気分を害してしまったのかと焦ったスザクは小走りでルルーシュに追いつき、 慌てて顔を覗き込む。 しかし見上げた先にあったルルーシュの顔が怒っているというよりも何かを思いついたような にやりとした笑みを浮かべていることにきょとんと眼を丸くした。 「えと、ルルーシュ?」 「なぁスザク、今日うちでご飯を食べていかないか?」 「え、あぁ、君が構わないならぜひ。」 突如として告げられた脈絡のない言葉に首をかしげながらも了承の意を告げる。 何か裏があるのだろうか、とルルーシュの様子をうかがっていると 悪戯っぽい笑みを浮かべてルルーシュは指先を突き付けた。 「帰ったらクリームを塗ってやる。光栄に思え。」 (――あぁ、なるほど。) ルルーシュはそういう結論を出したわけか。あの日と同じように。 (やっぱり君は今も昔も変わらないね…ルルーシュ) 懐かしく昔を思うスザクは、そのために目の前に降ってきた物への対応が一瞬遅れた。 「うわ、え…これ、手袋?」 雪の上に落ちていた片っぽだけのそれを拾い上げ、スザクはルルーシュの方をうかがう。 しばらく何か逡巡していたルルーシュだったがじっと見つめてくるスザクに ぶっきらぼうな調子で告げた。 「クラブハウスに着くまではそれで我慢しろ。」 「え、でもルルーシュの片手が…」 「……こうするからいい。」 さっきまでの余裕さえうかがえた様子とは一転して、ルルーシュはなぜか耳まで真っ赤にしている。 あまりに長く外にいたから凍えてしまったのだろうかと思っていると、 突然スザクの手は暖かなもので包まれた。 「え……」 自身の手へと視線を落としたスザクは自分の見た物が信じられず、2、3度まばたきを繰り返す。 だってあのルルーシュが自分から手を握ってくるだなんて。 いつもは外でのスキンシップはなしだ、ときつく禁止してくるのに。 そのルルーシュが、自分から、自主的に、積極的に!! きつく手を握り返してにやけた顔をルルーシュに向ければそっぽを向かれてしまい。 でも一度緩んだ頬はそう簡単に戻るはずがなく。 「…いつまでにやけているつもりだ。」 「え〜だって…」 「〜っ!えぇい、やっぱり離せ!寒い!」 今更ながら自分の行動に恥ずかしさを覚えたのか、ジタバタと抵抗し始める。 でもそれをスザクが許すはずもなく。 「嫌だよ。寒いならこうすればいいだけだし。」 そう言いながらスザクは自分のコートのポケットへと突っ込んだ。 もちろん、ルルーシュが逃げないようしっかりと指をからめながら。 「……お前、嫌な奴になったな。」 「ルルーシュはとっても可愛くなったよ。」 食事に誘うのは平気でも自分から手をつなぐのは恥ずかしいところとかとっても可愛いと思うよ なんて余計な言葉を付け加えるスザクに、さらに頬が熱くなった。 自分の考えが全部読みとられているような錯覚すら感じてくる。 嫌みな位にこやかな笑みを返すスザクにルルーシュはげんなりとした様子でため息をついた。 (いつだってこいつにだけは敵わないんだ……) それにしても、いつのまにコイツはこんなにも強かになったのだろうか。 釈然としない想いを抱いたまま、ルルーシュは雪降る空を仰いだ。 痺れを切らしたスザクが恋人の冷え切った唇を暖めるまで、あと少しー…。
去年の冬に書き始めて放置していたもの。 一期のスザルルはほのぼのですね(笑) プラウザバックでお戻りください