君はまるで桜のよう。

   誰よりも清らかな顔の下で、死肉を糧に美しく咲き誇る。
   夜闇の中、人の生き血を吸って華やかに、艶やかに。
   近寄ってはいけないと分かっているのに、その姿は僕を惹きつけて止まない。
   抗い難いその誘惑は万人をも魅了する。

   妖艶で、優美な、死への誘い。
   そして散々人を夢中にさせておいて、君は僕を置いて1人散っていく。
   まるでそれが自分の運命で宿命であるとでも言うように。

   儚く、潔く、美しく。
   僕の心は君に捕らわれたまま。


   ……―ただ共に散り行くことを願い続ける。



     薄紅散ラスハ僕ノ風

   シュナイゼルとの戦いを経て、ルルーシュはついに世界統一を果たした。    ゼロレクイエムも最終段階へと移行し、あとは計画の細々とした部分を    埋めていくばかりとなっている。    そんな中だった。ルルーシュが夜桜を見に行こうと誘ったのは。    「桜を見に行かないか?」    今、ルルーシュはスザクを始めとする身近なものと共に、    会談のため日本へとやってきていた。    時は4月。夜は少し気温が下がるものの花見には丁度いい気温である。    会談をすまして戻った部屋には吹き込んだのであろう薄紅色の花びらが散っていた。    「お言葉ですが…陛下、少なくなったとはいえ、まだお命を狙らわれている状態です。     外出するのはいささか危険が……」    「心配はいらない。外出といっても、そう遠くに行くつもりはない。     警護も厳重にしてある今ならそうそう敵も入り込めはしないさ。」    「しかし、陛下……」    「それに、何のためのナイトオブゼロだ?     お前は俺を守るために存在しているのだろう?」     なおも言い募ろうとする騎士を片手で押しとどめ、皮肉めいたな笑みで     バッサリと切り捨てる。     頼りにしてるぞ、と肩を叩かれればスザクとて強く反対はしにくい。     ―――結局、警備が行き届いているこの近辺にする事を条件に        渋々ながら了承の意を伝えた。     †††     寝泊まりしているホテルからそう遠くない丘でルルーシュは足を止めた。     目の前には樹齢何百年も経っているであろう大木が     今が盛りとばかりに美しく咲き誇っている。     バレにくいように普通の私服に着替えたルルーシュは、傍らで息を呑むスザクに     満足げに微笑んだ。    「綺麗…だな。」    「うん…こんなに見事な桜はめったに無いよ。」    ポツリと言葉を交わし、2人はしばらく無言で桜を眺めた。    ヒラヒラと散る薄紅の花弁が月夜に舞い、幻想的な光景を作り出す。    花弁の軌跡を辿っていくうちに、スザクの視線は自然と隣に佇む人へと    吸い寄せられた。    花弁を捕まえようとでもしているのか。    手のひらを上に向けたまま静かに佇むその人はまるで桜の精のように美しかった。    夜闇に溶ける黒を纏い、微かに笑みを浮かべる姿は、妖しいまでの    美しさと儚さを秘めていて。    フワリと舞い上がる薄紅に何故かその姿が共に消え失せる様な錯覚に襲われ、    スザクは無意識の内に手を伸ばしていた。    「どうした、スザク?」    桜吹雪の醸す幻想にでもあてられたのだろうか。    耳に届いた訝しげな声でハッと我に返ると、スザクは伸ばしかけた手を    慌てて引き戻した。    顔をこちらに向けるルルーシュへ、何でもないと首を振り、    スザクは手をきつく握りしめる。    そんなスザクに何か言いたげな一瞥を投げかけるが、ルルーシュは何も言うことなく    再び桜を見上げた。    夜の暗さの中、淡く浮き上がるように咲く桜はその存在を    はっきりと主張していながらも散るそばから闇に溶けていく。    ひらりと手のひらに舞い降りた花弁にそっと目を細め、ルルーシュは    おもむろに口を開いた。    「なぁ、スザク。お前は桜に何を見いだす?」    「え……?」    ルルーシュの言葉の意味を掴み損ない、スザクは意味が分からないと聞き返す。    そんなに怪訝な顔をしていたのか、ルルーシュは苦笑を零し視線を桜へと向けた。    「お前は桜の美しさは何処にあると思う?清らかさか、華やかさか、儚さか」    「僕は…桜は儚いからこそ美しいと思う。」    「儚く散る美しさ…か。日本人らしい回答だな。」    「君は違うと?」    ルルーシュの返事に若干の引っかかりを覚え、スザクは眉をひそめる。    スザクの質問に、ルルーシュは桜から視線を外すと口元に笑みを浮かべ    凛とした眼差しを向けた。    「俺は、桜が美しいのはその散り際の潔さ故だと思う。」    「潔さ……」    「あぁ。桜は華やかに咲いておきながら散る時は一気に散ってしまうだろう?     その想うことさえ許さないような潔さが羨ましい位に美しく思えるんだ。」    目を細め、どこかうっとりとした表情のまま言葉を続けるルルーシュ。    その様にスザクの心臓はドクンと大きく震える。    スザクの状態を知っているのか、ルルーシュは口端をゆっくりと吊り上げた。    「スザク、知っているか?     美しく咲く桜の木の下には死体が埋まっているという言い伝えを……」    「知っているけど…そんなものは単なる都市伝説だろ?」    馬鹿馬鹿しいと言うように吐き捨てるスザクにルルーシュは妖しく目を細める。    「本当にそう言い切れるのか?」    「…何が言いたい?」    「もしかしたら本当かもしれないという話だ。     この桜の下にも死体が埋まっているかもしれないぞ?」    おどけた様子でくるりと回るとルルーシュは両手を広げた。    「スザク、こうも考えられないか?桜がこんなにも生き急ぐように散り行くのは、     その生が人の死の上に成り立っていることを知っているからだと。     ……自らの業の深さを知っているからだと……。」    静かに言葉を紡ぐと、ルルーシュは目を伏せ、密やかに微笑んだ。    その殺伐とした言葉とは裏腹な優しい微笑みに虚を突かれ、スザクは息を呑む。    まるで全てを受け入れ、全てを許すような……透明で美しい、静かな微笑み。    言葉を失うスザクを嘲笑うかのように、ふいに一陣の風が吹き抜けた。    ざあっと枝が大きく揺れ、薄紅が渦を捲く。    反射的に目をつぶりかけ、しかし閉じる前に見えた光景に慌てて眼を見開いた。    薄紅が吹き乱れる中ルルーシュは静かに立っている。    その姿はいつもと何ら変わらないはずなのに何故だか酷く不安を煽られた。    少しでもその姿を見失ったら渦の中へと掻き消えてしまう気がして。    ―…そのまま自分の手の届かない所へと行ってしまうような気がして。    焦りと不安がない交ぜになった感情のままなスザクは、霞む腕をキツく握りしめる。    驚いたのか、反射的に身を捩るルルーシュに構うことなく、    掴んだ腕ごと桜の幹へと押し付けた。    程なくして桜吹雪は止んだ。辺りは再び静かな夜が広がる。    桜吹雪の中、磔にするように強く拘束していたが、周りの静寂に    スザクはふと力を抜いた。    そのまま手を離そうとして、でも握りしめた腕の細さに酷く切なくなって。    目の前にある肩に顔をうずめ、細い体をキツく抱き締めた。    きっとルルーシュは困惑に瞳を揺らしているのであろう。    困ったように身じろぐ体を抱き締め直し、重ねた体の鼓動に耳を済ませた。    温かく、しなやかな、力強く脈打つ命の音。    でもそう遠くない未来にこの音は聞けなくなる。    この温かさも、拍動も感じられない只の冷たい骸へと成り果てるのだから。    他ならぬ、スザク自身の手によって。    「……っ!」    頭に浮かぶ思考に、どうしようもない焦燥を感じた。    訳もなく喚き出したい気持ちに襲われる。    自分でも納得した未来だと言うのに、何故だか今はそれが酷く悔しくて。    その抑えきれない衝動をぶつけるように、スザクはルルーシュに唇を押しつけた。    深く、甘く、全てを奪い尽くすように。    時折強く舞う花びらの中、重なり合った影は離れることなく    そのまま闇へと溶けていった。       ―――君が桜だと言うならば、僕は君を散らす風になりたい。       薄紅の命を抱いて、共に消え行く風に……。  
   少しシリアスな感じの騎士皇帝スザルルでした。    一期ルルのイメージの花は血のように真っ赤な薔薇とか彼岸花、だったのですが    二期ルルだと桜もいけるかなぁ、と。    ぱっと散っていってしまう感じとかが……ルルーシュの馬鹿…っ(思い出し泣き)    プラウザバックでお戻りください。